昭和33年の10円玉 立ち読み
4/6

慌てて、私は父の横に腰を下ろすと、まじまじと父の横顔を凝視した。 その父は、晩年の風貌ではなく、まだ、三十代くらいであったろうか。「長島だ。」 父が不意に口を開いた。 「は?」 を感じさせる空気の中、袖から出た父の腕は土色で至る所に染みがあり、そこへ、太い血管が巻き付いている姿は蔦蔓(つたかずら)に絡まれた枯れかけの樹木のようであった。生前は口うるさいだけの父で、父子仲もあまりいいとは言えなかった父であった。 父はそんな私の視線になど、構うことなく、前を向いてグランドを眺めて続けていた。        06

元のページ  ../index.html#4

このブックを見る